誰がネット右翼を製造するか?

誰がネット右翼を製造するか? 

ネットで右翼的な書き込みをしている人達の中のどれほどの人が、果たして自分は右翼であるというアイデンティティーを持っているのだろうか?たいていの場合、せいぜい自分はいわゆる‘サヨク’ではなく、極端な右も左も嫌う真ん中から少し右もしくは少し左程度の常識的な、いわば‘普通’の立場にあるという前提から発言をしている場合がほとんどだろう。その意味において小倉弁護士の組織的な右翼による陰謀説めいた認識は稚拙なだけではなく、かえって‘ネット右翼’というカテゴリーを作り名前を与えることにより、‘ネット右翼’を敵として実在させかねない戦略的にみても愚かな発言と思います。さらに言えば、潜在的小倉弁護士は‘敵’が‘ネット右翼’というアイデンティティーを持つ規定可能な個人または集団であることを望んでいるのかもしれません。悪気はないのでしょうが、敵がそのような明快な輪郭を持った実在物であるならば、自らの立場の正統性を主張するのも遙かに容易に違いありません。しかし残念ながら、事態は遙かに複雑なようです。

“就労の機会を与えられず、一方で無能でも馬鹿でもない人達の一部がネットに流れてきている。彼らは暇であるが故に社会の欺瞞に対する洞察が鋭い。それは右派とか左派とか言う次元の問題ではなく本質的に偽善や欺瞞を嫌うのであろうと思う。なぜなら、彼らは本質的に全く何も悪いことをしていないのに割を食っているのだから”

それと比較して、上記の切り込み隊長の発言には、‘ネット右翼的’発言をする人達に対する遙かに深い洞察が含まれていると思います。先ず第一義に彼らは、最近起こった社会構造変革の犠牲者です。かつてであれば、日本の中産階級の核をになっていたであろう‘普通’の人達です。普通に学校へ行き、普通に勉強し、普通に自分探しなどもして当然普通に就職するのであろうと思っていたものが、突然、社会のルールが変わってしまいました。ここには日本経済の長期にわたる低迷、韓国及び中国経済の繁栄といった地域的な事情もありますが、基本的にはネオ・リベラル経済の世界的な浸透による、雇用形態の変化:終身雇用制度からフレクシブル・スペシャライゼーションへの移行というのが根底にある原因ではないかと思います。グローバル資本は第三世界の安い賃金をフル活用する故、先進国に於ける余剰労働力を構造的に排除します。一握りのエリートを除き、多くの人の生活水準が下がり、労働市場が不安定になるのは、ネオ・リベラル市場経済にある種の統制をかけることが出来ない限り、当然の帰結といわざるを得ないでしょう。一度かわってしまった雇用形態は、日本経済がよくなれば、元に戻る、皆に仕事がある、正社員になれるというものではないでしょう。

無能ではないが、切り込み隊長のように極めて有能でもなく、労働市場から排除されてしまったこの階層の人々が、外国人の権利を擁護する人権弁護士やら、高給取りで中国よりの朝日新聞記者を嫌うというのは、確かにとても合理的な説明だと思います。また:

“実名かハンドルかを問わず情報を発信しようとするような人間は、多かれ少なかれ自分の行為が無駄ではない、あるいは有益であって欲しいと考えているはずである。それは、欺瞞を見つけることで価値観や枠組みの修正をはかり、結果して現状であまり芳しくない自己の情勢を好転させるための活動ではないかと私は思う”。

というのも説得力があります。ただし、隊長のいう欺瞞と言うのは事の真偽、あるいは普遍的な倫理に関する欺瞞ではなく、自分たち、ひいては日本という国が、なぜ割りを食わなければいけないのか納得が出来ないが故の怒りのようなものであると理解します。長年あるルールに沿って生きてきた人間がある日突然ルールを変えられ、期待した将来、安定した生活を送ることが出来なくなる。そして、その事態は変わりつつある世界情勢と深く関係していつ事を知り、周辺国が経済的及び安全保障上の脅威として立ち現れる、というようなことがあれば、自国の利益に反するような事、特にそれを倫理的観点から提唱するものは、すべて欺瞞と写るようになるのだと思います。

悲しいのは、まさしく隊長が言うとおり“ここがフランスであればデモの一つも起きてるはずだ”という状況であるのも関わらず、その無能ではないはずの若者たちが、国会議事堂に火を付けるでもなく、しがない朝日新聞記者のホーム・ページをネット上で燃やし、何かしたような気になっていることでしょう。インターネットには、傷ついた自我を癒し、自意識を膨張させる効能があるといわれていますが、それでは現状維持を肯定し、現実からは排除されたままではないでしょうか?